Saucy Dog

LINER NOTES

7th Mini Album
  • 01.おやすみ

    「蚊取り線香」や「鈴虫」、「扇風機」に「スイカのアイス」に「蛍」……歌詞に散りばめられた言葉が過ぎ去った夏を思い起こさせる、優しくて切ないミディアムチューンから今作は幕を開ける。ずっと一緒に生きていくはずだった「君」を失った悲しみを歌う石原慎也の声をバンドの柔らかなサウンドと幾重にも重ねられたコーラスが包み込む。前作『バットリアリー』が「夢見るスーパーマン」のパワフルなサウンドから始まっていたのとは対照的なオープニングは、そのままこの8作目のミニアルバムの性格を物語っているようにも思える。激情とどこか達観したような落ち着きが同居するこの曲のニュアンスは、時間を重ねてまた少し大人になったSaucy Dogの今を象徴しているのかもしれない。

  • 02.馬鹿みたい。

    ABEMA「キミとオオカミくんには騙されない」主題歌として書き下ろされた「馬鹿みたい。」。高校生の恋愛模様を描く番組に寄せて曲作りをした石原は「女子高生の目線で曲を書いた事がなかったので、歌詞に関してはかなり難しかった」とコメントしているが、複雑に揺れ動く気持ちを丁寧かつリアルに描き出すこの曲の歌詞は、さすが石原慎也というほかない。「困らせてみたい」「そういうところが嫌い」という言葉とは裏腹に「君」への想いを募らせてしまう主人公の心情が痛いくらいに切ないが、それをドラマティックなバラードではなくソリッドなバンドサウンドで鳴らし切っているところに、アリーナツアーを経験して逞しくなったSaucy Dogを感じる。

  • 03.くせげ

    ドラマ「マイダイアリー」(ABCテレビ・テレビ朝日系)の主題歌としてリリースされたこの曲は、爽やかなギターサウンドが瑞々しい青春の感情を甦らせるポップチューン。石原はこの曲を高校時代の記憶を掘り起こしながら書いたというが、できあがった楽曲はパーソナルなものに終わらず、多くの人の記憶に共鳴して感情を呼び起こす、とても普遍的なものとなった。「誰かを愛す事でしか/まともに成長できないから/今ではそれで良かったなって思ってる」――過去に囚われるのでも、過去を捨て去るのでもなく、頭と心にこびりついたあの頃もちゃんと受け止めながら生きていく、というこの曲のテーマは、もちろんドラマの中でまさに青春を生きる登場人物たちに寄り添いながらも、それ以上に広いところに向かって投げかけられている。

  • 04.poi

    初めて聴いたときは衝撃だった。イントロから疾走するロックンロールなギターリフ、ファストなエイトビート、唸りを上げるベースライン。前にインタビューで石原は「なんか、汚い曲を作りたいなと思ったんですよね」と言っていたのだが、汚さというよりは鋭さが、この曲を全編に渡り貫いている。歌詞でも「んなわけねえだろ」とか「どうしようもなく殴って殺してしまいそう」とか普段彼の歌詞には登場しない言い回しが登場。感情のままに書き殴ったようなテンションが、楽曲の攻撃性をさらに高めている。それをタイアップ(NHKアニメ「烏は主を選ばない」オープニングテーマ)でやってのけてしまう感じがそのときの石原のモードだったのだろうし、かつそこまで振り切りながらもちゃんとポップな着地点を見つけるところがSaucy Dogというバンドのバランスなのである。

  • 05.よくできました

    ギターをかき鳴らして歌い上げる冒頭の迫力から、急激にシフトチェンジして加速していくロックチューン。一筆書きのようなメロディとアレンジがこの曲でたった1ヶ所のサビ(「素晴らしいそれでいい」〜)で一気にスケールを押し広げるところに、あくまでバンドとしての生々しさを失わないままアリーナ級の会場までたどり着いたSaucy Dogのプライドが浮かび上がる。週末のお昼どきを彩る番組(TBS系「王様のブランチ」)にふさわしく、1週間走り抜いた人に優しくエールを送るような歌詞は、日常的でリアルな描写があるからこそ力強いメッセージとなって届いてくる。「自分らしさを信じて生きる」というテーマはずっとSaucy Dogが歌ってきたことだが、その説得力はここに来てさらに増している。

  • 06.この長い旅の中で

    映画「52ヘルツのクジラたち」の主題歌となったこの曲は、今年のアリーナツアーでも大きな会場にふさわしいスケール感で鳴り響いた。それはおおらかな響きをもったギターの鳴りやコーラスの美しさ、どっしりと大きなビートを叩き出すドラムといったサウンド面によるところも大きいが、それに加えて石原の書いた歌詞がとても懐の深い、あらゆる人のあらゆる感情を抱きしめるようなものになっていたからでもあるだろう。誰にも声が届かない「52ヘルツのクジラ」に重ね合わせるように描かれる主人公の孤独はきっと一部の人だけのものではないだろうし、その孤独の先で描かれる「誰かに声が届くかもしれない」という希望もまた、多くの人の力になっているはずだ。

  • 07.コーンポタージュ

    アルバムの最後を飾るのはSaucy Dogによるクリスマスソング、なのだが、それを恋愛ではなく愛すべき日常の歌として描いたところに、今の石原の視点がはっきりと表れている。主人公の冬の思い出の象徴として描かれる「コーンポタージュ」と、大人になり、クリスマスのもつ意味も変わっていった「お前」の姿。主人公はそんな変化を感じて「守りたい笑顔が出来たら/いつか僕にも分かるかな」とつぶやく。せとゆいかによるクリスマスらしい華やかなコーラスとゆったりとしたグルーヴの組み合わせが、もうすぐ訪れる冬の風景にポッと火を灯すようにあたたかく鳴り響く。さまざまな情景を鮮やかに描き出す今作のなかでも、ひときわ美しい絵が浮かぶ1曲だ。

  • 08.エピローグ

    CDのみに収録されるボーナストラックは今回も健在。アコースティックギターとともにせとゆいかの歌、そして石原のコーラスが穏やかに重なっていく、とても親密で優しい曲だ。父や母というより祖父や祖母世代だろう、長い時間を寄り添って歩んできたふたりの愛のありかたと、その人生の美しい「エピローグ」を双方の視点で描く歌詞はまるで映画かドラマを観ているかのよう。せとがどんな思いを込めてこの曲を書いたのかはわからないが、ボーナストラックにしておくのがもったいないくらいの名曲だ。ライブのアコースティックコーナーで聴くのが今から楽しみだ。

Text by 小川智宏