Saucy Dog

LINER NOTES

7th Mini Album
  • 1.夢みるスーパーマン

    力強い「ワン・ツー!」のカウントとともにギターリフがかき鳴らされるロックチューンで、この7作目のミニアルバムは幕を開ける。スポットライトの当たらない場所で働き続ける日々に疲れた主人公は「スーパーのバイトじゃなくて/スーパーマンになりたかった。」と吐き捨てる。そして「ヒーローねぇお願い!僕をここから出してよ」と叫ぶのだ。でもそんな都合よく自分を助けてくれるヒーローなんて現れない。人生は思うようにはいかないし、誰かに頼り続けてもいられない。だから主人公は最後に気づく。「ねぇお願い…お願い…!じゃいつまで経っても変われない」。きっと誰もがぶつかる理想と現実の壁、それを乗り越えるのはいつだって自分自身だとこの曲は言っている。ソリッドなバンドサウンドや頼もしいコーラスは、そうやってここまで辿り着いた今のSaucy Dogのたくましい姿だ。

  • 2. 現在を生きるのだ。

    「第101回全国⾼校サッカー選⼿権⼤会」の応援歌として生まれたこの曲だが、完成した「現在を生きるのだ。」はサッカーだけじゃない、高校生だけじゃない、日々挫けそうになったり悔しい思いを抱いたりしながら「現在」を走り続けるすべての人を後押しするような楽曲となった。1曲目の「夢みるスーパーマン」もそうだし、この後に出てくる「怪物たちよ」もきっとそうだが、今作における石原の歌詞が伝えようとしているメッセージの裏側には自分自身そうやって進んできたという自負と自信があるように感じる。だからこそこのミニアルバムの彼はとても正直に、シンプルに、自分の思いを言葉にしている。「さぁ自分らしく/走り出して行け」というフレーズは前作の「Be yourself」ともリンクするが、この曲は早くもその一歩先に足を踏み出している。

  • 3. サマーデイドリーム

    軽やかなギターのストロークとせとゆいかの繊細なコーラスワークが夏らしい空気を連れてくるアッパーチューン。恋するふたりの日常を歌ったラブソングだが、この曲が挿入歌となった映画『君を愛したひとりの僕へ』の世界観や物語を重ね合わせると、その光景は途端にとても尊い輝きを放つ。「命をそっと分け合えれば/明日が来る事も歳を取る事も/怖くはない」「大袈裟だって笑いながら/繋いだ手のひら 冷たくなっていく/その時まで」――「命」や「死」を感じさせるそんなフレーズがとてもリアリティをもって響いてくるようになるのだ。脇目も振らずひた走るようなアレンジで、決して派手な仕掛けがあるわけではないが、それだけに今のサウシーがもつ表現力がいかんなく発揮されている。

  • 4. 紫苑

    「サマーデイドリーム」が挿入歌となった『君を愛したひとりの僕へ』の主題歌として書かれたのがこの「紫苑」だ。さまざまなインタビューやライブのMCでも語られているとおり、この曲のモチーフとなったのは石原の祖父母にまつわるエピソード。実際に彼が経験した出来事が映画のストーリーにシンクロして、このすばらしいミディアムチューンは生まれた。とてもパーソナルな手触りを感じさせながらも、「掴み損なった未来を迎えに⾏く」というフレーズには表現者としての決然とした意思を感じる。そしてそれをさらに感動的なものにしているのが、永沢和真(agehasprings)も参加したアレンジ。ピアノの美しい響きや丁寧に紡がれるストリングスが楽曲の世界を一気に広げ、エモーショナルなものに仕上げている。

  • 5.魔法が解けたら

    声優・アーティストの梶原岳人に書き下ろした楽曲のセルフカバー。サウシーの楽曲のファンだという梶原とコミュニケーションを重ねながら作り上げていった曲だからなおさらそうなったのかもしれないが、終わっていく恋とそれでも心に残り続ける思いを描く、これぞSaucy Dogという王道の1曲である。1コーラス目では何気ない会話や些細な出来事に宿る幸せの形が描かれるが、2コーラス目に入ると一転、そんな「魔法」が解けていく瞬間が歌われる。未練とか後悔とかの言葉では言い表せない、残り火のような感情と向き合いながら、最後には「こんな僕で、ごめんな」と呟く主人公の姿はとても切ない。タイトルからは前作に収録されていた「魔法にかけられて」の続きのようなニュアンスも感じられる。

  • 6. 怪物たちよ

    このミニアルバムの中においてもこの曲の存在感は圧倒的だ。誰しもの中に潜む「怪物」、ときに人を傷つけ、そうでなければ自分自身を傷つけるそんな「怪物」の姿を暴き出すようなシリアスな楽曲だが、この曲のすごいところはそうしたモチーフやテーマを引っ張り出しながらもどこまでも優しいところだ。石原の歌はまるで語りかけるようなタッチだし、ヘヴィなサウンドの中にも確かな体温がある。「自分らしくいよう」というメッセージを何度も届けてきたSaucy Dogだが、もちろん彼らはその困難さや危うさもちゃんと知っている。だからこそ悩みながら、そしてときには失敗したりしながら生きる「怪物」たちに優しい視線を注げるし、自分の中にもそれはいるんだと認めることができる。ライブで巻き起こるシンガロングはぜひあなたにも体感してほしい。

  • 7. そんだけ

    「打ち上げられたクラゲにはもう行くあてはないのさ/どうせなら砂浜よりもあの空が良かった」と始まるこの曲は、名曲揃いの今作のなかで少し異質な鈍い光を放っている。半ば支離滅裂に心の中のモヤモヤした部分やごちゃごちゃした部分を吐き出すような歌詞、オルタナティヴロックのテイストを感じさせるジャキジャキとしたギターサウンドとローファイな音像。「見たいのは君のハダカ/じゃなくてハダカのココロの方」とか「蛙化現象」とかシニカルなユーモアを挟みながら、完全に閉じた内面世界を歌うこの曲は一言で「こういう曲」と言語化するのは難しいが、聴いているうちになんだかクセになる。

  • 8. 星になっても

    恒例のボーナストラック、今回せとが歌うのは、記憶の中に宿り続ける大事な人のことだ。ひとりごとのように紡がれる言葉、ひとつひとつの言葉の発音のニュアンスや歌い回しに感情の震えが滲む。「君の笑顔もその仕草も/優しさも交わした言葉も/忘れたくないと願ったことだけは忘れないよ」――どうしたって記憶は薄れていくし、絶対に忘れまいと誓ったこともいつかは形を変えていく。それは自然の摂理だが、それに抗おうとするのもまた人間らしい。前作の「ころもがえ」もそうだったが、本当にさりげないところに心の機微を見つけ、それを大事に大事に歌詞にしていくせとの視点は、じつはリスナーに寄り添いながら繊細に心をなぞるSaucy Dogの作法そのものだという気がする。

Text by 小川智宏