Saucy Dog

LINER NOTES

守りながら、攻めている。そして、大きな進化を遂げた。それが、Saucy Dog、4枚目のミニアルバム『テイクミー』だ。前作『ブルーピリオド』から約1年。バンドの原点を見つめ直して制作されたという今作は、Saucy Dogというバンドが愚直なまでに貫き続ける「歌のよさ」を大切にしながら、その訴求力が圧倒的に増した作品になった。各プレイヤーが楽器への技術と理解を深めたことによる豊かで立体的なアレンジ、迷いや葛藤すら受け入れた石原慎也の力強いボーカル。どこまでも人間くさい言葉を詰め込んだ全7曲には、この時代を生きる人間の息遣いがあった。バンド結成から7年目に完成させた、現時点の最高傑作。このアルバムの曲たちは、きっと武道館にもよく似合う。
Text by 秦理絵(はだりえ)

「テイクミー」4th Mini Album
  • 1.シーグラス

    ギターのアルペジオにのせて、“あのね 海岸線 憶えてる?”と歌い出す、爽快なサマーソング。初期の代表曲「煙」もそうだが、石原の綴る歌詞には、リスナーに余韻を残す印象的なセリフが登場する。そして、丁寧な風景描写が、海と空のブルー、頬をなぞる潮風をドラマのように瑞々しく描き出し、はしゃぐ無邪気な“君”への愛しさをありありと伝える。サビは開放感に満ちて突き抜けるが、楽曲の終盤にかけては、あの日、信じて疑わなかった幸せな日々が、やがて美しい思い出に変わるという儚いストーリー。一瞬で過ぎゆく夏の景色のなかで、ひとつの恋のはじまりと終わり、そこで揺れ動く感情の起伏をドラマチックに描いた、Saucy Dogの新しいラブソング。

  • セルフライナーノーツ

    ある夏の思い出。ふと目を閉じれば鮮明に浮かんでは消えていく。
    当然かの様に大きくその場所に佇み続ける海は、今日も波を立てながらゆらゆらと揺れている。それと呼応するかの様に、「彼」の心は未だその場所から動けないままでゆらゆらと現実と過去の間で揺れ続けているのだろう。
    懐かしいと言うには未だ、早すぎるのかもしれない。

    せとゆいか

  • 2. 今更だって僕は言うかな

    「いつか」や「コンタクトケース」など、これまでも珠玉の失恋ソングを生み出してきたSaucy Dogの真骨頂とも言える失恋ソング。セリフをそのまま使ったタイトルの表記が珍しい。ゆったりと刻むミディアムテンポにのせて、かつて“君”に言えなかった言葉への後悔と、淡い期待が独白のように歌われる。今回のアルバムには、随所に韻が散りばめられるが、この曲の“青”と“会おう”の韻の踏み方は秀逸。単なる言葉遊びだけではなく、別れたふたりのあいだで流れてしまった時間の経過をコミカルに表現したうえで、“会おうって言いたい”という本心につなぐ流れが鮮やかだ。つよがりを滲ませ、想いを断ち切るようなラストの転調まで、全編に深いこだわりがある。

  • セルフライナーノーツ

    女性の心の変化は外見に表れる、とはよく言ったものだ。想いを断ち切りたい。一新したい。忘れたい。そんな思いから女性はガラっと見た目を変える。そして外見が変わったことで、本当に気持ちにも変化が表れる生き物なのだ。別れは「僕」の方から切り出したはずなのに。僕が足を止めている間に彼女は、一歩ずつ着実に前に、気付いた頃には姿が見えなくなる所まで、一度も振り返りもせずに進んで行ってしまった。それでも僕は未だ期待して妄想してしまうのだ。「戻りたいなんて今更すぎるよ。」なんて僕が君に言い放つそんな日が来る事を。

    せとゆいか

  • 3. 雷に打たれて

    人生には、ときに“雷に打たれたように”、それまで頭を悩ませた問題の打開策に気づく瞬間がある。それは、本気で苦しみ、抜け出したいと足掻いた人だけが辿り着ける真実。「雷に打たれて」は、そんな自問自答からの脱却が生んだパワフルなエネルギーに満ちたナンバーだ。サビの“鼻唄混じりで生きていけないか”が、なんとも痛快。疾走するビートにはじまり、リズム隊が繰り出すファニーなグルーヴ、エモーショナルな大サビへと、次々に表情を変えるバンドサウンドも、聴き手の心を掴んで離さない。ギター、ベース、ドラムというバンドとして最小限のフォーマットを最大限に生かし、シンプルながらも表情豊かなアレンジを得意とするSaucy Dogの技が凝縮されている。

  • セルフライナーノーツ

    曲がはじまった瞬間に「お?!」と衝撃を受ける感覚になりました。
    前作のブルーピリオドの雰囲気もありつつ、曲の構成や展開が一味違うのもあり、聴き飽きないと思います。
    そして、実はこの「雷に打たれて」のベースの録音で初の挑戦をしました。曲を通してピックでダウンピッキングで弾きました。あと、ギターとベースでチューニングがすこし違うところなど…。さらっと書いていますが、僕が今アルバムで一番聴いている曲です。

    秋澤和貴

  • 4. 結

    不器用ながらも、ふたりで大切な時間を積み重ねてゆく、そんな日々を温かく描いたラブソング。大らかに刻むゆったりしたテンポ感が、まわり道をしながらも、たしかに絆を深めてゆくふたりの歩みとも重なる。これまで未練を残したラブソングを描くことが多かったSaucy Dogが初めて未来へとつなぐ恋愛を描いた新境地と言える楽曲だ。タイトルの読みは「ゆい」。その言葉が象徴するように、緊張しながら手をつないだ淡い恋にはじまり、互いを理解し合い、本当のつながりを深めてゆくふたりの物語は、「愛とは何か?」という問いへの石原なりのアンサーではないだろうか。それを壮大な世界観ではなく、あくまでの等身大に表現してみせたところが、とてもSaucy Dogらしい。

  • セルフライナーノーツ

    「結」というタイトルがこんなにも似合う曲があるのかと言うくらい曲全体が暖かい雰囲気をもっていると思います。
    うまく言えないんですが、聴いてて照れ臭くなったり、少し悲しくなったり、喜怒哀楽が感じられて不思議だなと思います。兎に角、歌詞が良い。特に個人的にラストのサビの歌詞の「天気は~」からが特にお気に入り。

    秋澤和貴

  • 5.film

    写真のなかには、まるで時間が止まったように幸せに笑い合うふたりがいた。「film」で描かれるのは、たったひとり部屋に残された“僕”の後悔だ。ぽつねんと佇むその部屋の寂しさを表すように、穏やかに揺れるミディアムテンポには、エレキギターとアコースティックギターが繊細に重なる。これまでスリーピースによるライブの再現性に強くこだわってきたSaucy Dogだが、より楽曲が求めるアプローチへとアレンジの幅を広げた意味は大きい。一時期は、「Saucy Dogと言えば、ラブソング」というイメージを払拭するべく、ラブソングを封印したが、今作では、より多彩な手法で誰もが共感できるラブソングを作り上げた。この曲も、そんなサウシーの新たな覚悟を感じるラブソングだ。

  • セルフライナーノーツ

    昔使っていた携帯端末の充電がかろうじて残っていたので徐ろに電源をつけてみる。懐かしいロック画面、パスワードはふたりの記念日だった。
    ゆっくりと君との時間が帰ってくる。

    君の部屋、何気ない日々の1コマ。データフォルダの中では寝起きの君が「おはよう」と言う。
    しかしその声は思い出せそうで思い出せない。

    ただ僕らがそこで愛し合っていた事。何を話して何を感じていたのか。何気ないその時間だけが朧げに蘇り、今も僕を苦しめているよ。
    さよならどうか、お幸せに。

    石原慎也

  • 6. BLUE

    力強く刻むバスドラが、決して止まることのない命の鼓動、あるいは前進の意志を宿した足音のように鳴り響く。新型コロナによるステイホーム期間中に、「バンドとして何かできることはないか?」という想いから緊急配信された楽曲でもある。もともとは石原自身の葛藤をもとに書いた曲だというが、だからこそ同じように、自分を許せずにもがく人たちの心に届くはずだ。生まれた意味すら問い質したくなるような息苦しさに喘ぎながら、それでも、“運命なんて知らない 僕らで作ればいい”と高らかに歌い上げるこの歌は、先が見えにくい閉塞感のなかにあって、灯台の光のような道しるべとなる。人生という名の大海原を乗り越えてゆく、すべての人に寄り添う人生讃歌。

  • セルフライナーノーツ

    イントロは爽やかなとポップな印象なのに寄り添ってくれる歌詞や曲の世界観はアルバムでも一つ抜けている印象があります。「BLUE」を制作しだしたのが去年の夏頃からで、ああでもない、こうでもないと試行錯誤を重ねようやく完成したのが制作開始から3~4ヶ月後なのを憶えています。

    秋澤和貴

  • 7. 猫の背

    これまでのアルバムでも、「グッバイ」や「バンドワゴンに乗って」など、最後の1曲には、バンドの決意表明のようなメッセージ性の強い楽曲を収録してきたが、今作を締めくくる「猫の背」もまた、そういう曲だろう。軽やかに弾むバンドサウンドにのせて、猫背気味に歩く冴えない日々を変えたいと渇望する切実な歌詞は、石原が過去の自分を思い起こして書いたものであり、同時に、いまも抱き続ける葛藤だという。“きっと人一倍傷付いて来た 君もだろ? ひとりじゃない”。そう優しく語りかけるフレーズは、背中を押すのではなく、先頭を切って走るでもなく、どんなときもリスナーと運命共同体として、同じ目線で歌い続けるSaucy Dogだからこその説得力がある。

  • セルフライナーノーツ

    いつの間にか下を向いて歩くようになっていた。
    自信をなくして丸める背中。明日もきっと同じような日々だと肩を落とす。まるで猫の背中の様に、今日も項垂れていた。

    それに気がついたのはいつだったろう。
    かつて夢見た自分はここにはいない。
    父の言葉を思い出す。

    「死ぬ間際で後悔する様な人生だけは送るな」

    僕は今、生きながら死んでいないか?
    そう思えた瞬間少しだけ前向きになれた気がした。変わっていこうと、そう思えた。

    石原慎也

  • 8. 寝ぐせ(ボーナストラック)

    アルバム恒例となった、アコースティック編成による、ゆいかボーカル曲。これまでは、朗らかなメロディにのせた素朴で温かいテーマの楽曲が続いていたが、「寝ぐせ」は切ない。多くは語られないふたりのストーリー。だが、どこか歪にすれ違うその関係に様々な想像を掻き立てられる。

  • セルフライナーノーツ

    人は、幸せであればあるほど、不安になる生き物だと思う。人は、大切な物が増えれば増えるほど、弱くなる生き物だと思う。
    人は、少しの安心を求めては、二人の間に約束が欲しくなる。人は、曖昧が怖くて、関係性に名前付けたくなる。
    大事な約束は何一つくれない、そんな無邪気なかわいい男の子に心を掴まれてしまった女の子の、幸せで不幸せな想いを綴った物語です。

    せとゆいか